あれから15年。~神戸新聞の7日間より~

1995年1月17日(火)午前5時46分、阪神・淡路大震災が発生した時、私はちょうど大学で出された課題のレポートを作成しておりました。京都の山奥で、まさかこの揺れがこれほどの被害をもたらす大地震であることなど想像することもなく・・・。
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あれから15年。

昨日放送された『神戸新聞の7日間』をご覧になられた方も多いのではないのでしょうか

神戸市の中心部は壊滅的な打撃を受け、神戸・三宮駅前の神戸新聞社は、全壊状態になりました。頼みのホストコンピューターも壊れ自社で新聞発行ができない状況の中、「新聞は必ず出すんや」と使命感で結ばれた人々の熱い戦いの日々がドラマ化されたのです。

震災当日、災害援助協定を結んでいた京都新聞社の協力で4ページの夕刊が発行された事など、感動のエピソードが満載でした。
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震災を受けた記者たちが走り回り、記事を作成し電話で原稿を京都に送り紙面を組み、できあがった紙面のフィルムをオートバイで神戸の郊外の印刷工場に運ぶ。そして震災を受けた配達員がそれを配る。その中の一家族は、お父様が瓦礫の下敷きとなり安否不明な状況の中で配達されたそうです。

「父親が目の前にいたら、そうしろって言うと思うから・・・」

翌日からは、京都に送られた神戸新聞社の編集要員が紙面を組み、共同通信のヘリでフィルムを運び新聞発行を続けたそうです。

このような逆境にも、神戸新聞社は「休刊日以外、発行を休んだことがない」という誇りを守り抜いたのです。
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神戸新聞社の発行する記事が、情報の全く届かない被災者の心を繋ぎ、光を灯していたのですね

番組でも一部紹介されましたが、お父様を震災で失った論説委員長である三木康弘氏(故人)が震災3日後に書かれた社説が心に染みました

ほかのサイトで全文がありましたので紹介させて頂きます。

「被災者になって分かったこと」(神戸新聞1995年1月20日付)

 あの烈震で神戸市東灘区の家が倒壊し、階下の老いた父親が生き埋めになった。三日目後に、やっと自衛隊が遺体を搬出してくれた。だめだという予感はあった。
 だが、埋まったままだった二日間の無力感、やりきれなさは例えようがない。被災者の恐怖や苦痛を、こんな形で体験しようとは、予想もしなかった。

あの未明、ようやく二階の窓から戸外へ出てみて、傾斜した二階の下に階下が、ほぼ押し潰されているのが分かり、恐ろしさでよろめきそうになる。父親が寝ていた。いくら呼んでも返答がない。
怯えた人々の群れが、薄明の中に影のように増える。軒並み、かしぎ、潰れている。ガスのにおいがする。家の裏に回る。醜悪な崩壊があるだけだ。すき間に向かって叫ぶ。
 何をどうしたらよいのか分からない。電話が身近にない。だれに救いを求めたらよいのか、途方に暮れる。公的な情報が何もない。
 何キロも離れた知り合いの大工さんの家へ、走っていく。彼の家もぺっしゃんこだ。それでも駆けつけてくれる。
裏から、のこぎりとバールを使って掘り進んでくれる。彼の道具も失われ、限りがある。いつ上から崩れてくるか分からない。父の寝所とおぼしきところまで潜るが、姿がない。何度も呼ぶが返事はなかった。強烈なガスのにおいがした、これ以上無理だった。

地区の消防分団の十名ほどのグループが救出活動を始めた。瓦礫の下から応答のある人々を、次々と救出していた。時間と努力のいる作業である。頼りにしたい。父のことを頼む。だが、反応のある人が優先である。日が暮れる。余震を恐れる人々が、学校の校庭や公園に、毛布をかぶってたむろする。寒くて、食べ物も水も乏しい。廃材でたき火をする。救援物資は、なかなか来ない。

 いつまで辛抱すれば、生存の不安は薄らぐのか、情報がほしい。翌日が明ける。近所の一家五人の遺体が、分団の人たちによって搬出される幼い三児に両親は覆いかぶさるようになって発見された。こみ上げてくる。父のことを頼む。検討してくれる。とても分団の手に負えないといわれる。市の消防局か自衛隊に頼んでくれといわれる。われわれは、消防局の命令系統で動いてくれるわけではない。気の毒だけど、という。
 
東灘消防署にある救助本部に行く。生きている可能性の高い人からやっている、お宅は何時になるか分からない、分かってほしいといわれる。十分理解できる。理解できるが、やりきれない。そんな二日間だった。 
これまで被災者の気持ちが本当にわかっていなかった自分に気づく。″災害元禄″などといわれた神戸に住む者の、一種の不遜さ、甘さを思い知る。
 この街が被災者の不安やつらさに、どれだけこたえ、ねぎらう用意があったかを、改めて思う。


被災された方は、どのような思いでこの作品をご覧になられたのでしょう。

突然大切な人を奪われる喪失感。私にも経験があります。

改めて亡くなられた6,434名のご冥福を、お祈り申し上げます。

小高鍼灸院 接骨院
小高

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