「二十八宿」の話

ただ今、大阪で行われた柔道整復整骨医学会 学術大会から帰って参りました。本日は11月18日に東海先生の「七五三☆」の話の中で、「二十八宿(にじゅうはっしゅく)」のお話が出できたので、その話題に便乗させてもらいますね
私達が一般的に用いている星座は、もともと古代バビロニア・メソポタミア地方などで発祥し、ギリシャ・ローマ神話と関連付けて発達しました。その影響で、星座の名には神話や身近な人物・動物や道具の名などが用いられています。

画像

中国古代的星象系統 提供者 : 陳輝樺 小組

それに対し、アジア、とりわけ中国の星座の起源は約3000年前といわれ、多くの「星座」が独自に作り出され、高度に体系化されました。面白いことに、中国の星座はひとつの国家体系を形成しています。夜空の日周運動の中心である北極星は「天帝」の座とされ、そのすぐそばをめぐる星たちには宮殿の庭園や官庁、役人といった、高貴な事物があてはめられました。そして北極星から離れるに従い、庶民の住宅や市場など、次第に身分の低い存在を星座としました。このように形作られた中国の星座は、そのひとつひとつがとても小さく、全体の数が非常に多いのが特徴です。3世紀に整理された段階では、実に300以上の「星座」が空にひしめいていたそうです

画像

 現代の星座で、太陽の通り道(天の赤道)に当たる黄道が通る星座たちを「黄道12星座」と呼びますが、中国の星座の黄道12星座に相当するのが、「二十八宿」と呼ばれる28の星座です。
 黄道12星座は、太陽12ヶ月かけて動く黄道を12等分し、ひとつひとつに当てはめたものであるのに対し、二十八宿は月27.5日かけて天球を1周(通り道を白道と言う)するとき、一晩ごとに1つの「星座=星宿(せいしゅく)」を移動するよう割り振られました。
画像

この二十八宿は,太陽・月・惑星の位置と動きを表現することに用いられ,当時の天文学上も、非常に重要なものだったそうです。それぞれの星宿の中で、西端に位置する比較的明るい星を「距星(きょせい)」といい、東隣の距星との間の領域を、その距星の名前を付けた「宿(しゅく)」<月が宿るという意味>と呼びました。

  二十八宿の星座は4つの方角へ七宿ごとにまとめられ、そのつなげられた形は4つの聖獣の姿に見たてられ、東方青龍北方玄武西方白虎南方朱雀の四象(四神あるいは四陸ともいう)に分けられました。
画像


ちなみに星宿名の「鬼(き)」は南方七宿・朱雀 (すざく)のグループに属し、現代の星座でみると“かに座の中央部付近”がその位置です。
鬼宿日は「鬼が出歩かない日」とか「その宿にお釈迦様が生まれた」等、諸説あるようですが、いづれにしても最も目出度い日だと考えられています。(婚礼のみ凶だそうです。)

更に興味がお有りの方はこちらをどうぞ。
古代中国の星座たち~黄道二十八宿を星空にたどる

小高鍼灸院 接骨院
P Cサイトはこちらからどうぞ
携帯サイトはこちらからどうぞ

小高

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 4

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック